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全ての催眠は自己催眠

 という様な発言を良く聞きます.先ずはこれについて考えてみたいと思います.どういった時にこういう発言を聞くかというと,催眠の説明の時と催眠にかからなかった時でしょうか.前者は,催眠の良くある誤解である「操られる」というのを払拭するために,催眠は結局自己催眠であり本人がやりたくないことはしない,という事でした.後者は催眠にかからないときに,催眠は自己催眠であって誰でもかかるんですがそれ故に協力がないとかからないのです,という事でした.これらは本当でしょうか?

 催眠の現象のほとんど全てが,被験者の行動や報告によって確認されます.椅子から立てなくなるのも,幻覚を見るのも被験者がそう言っているからです.つまり,被験者本人の中でしか,催眠の現象は起きていません.催眠をかける人は,それを周りの人に確認させるために,被験者にそれらしい行動を取るように指示します.例えば,5という数字を忘れさせる暗示をかけたら,1から10まで数を数えてくださいと指示します.その結果,5を数えなかったりしたら,催眠にかかっていると周りの人は知るわけですが,もし被験者が演技でそれをしていても演技だと知ることは困難です.そう言うわけで,最終的に本人が催眠にかかっている行動を選択するという意味では,自己催眠とも言えなくはないですがどうでしょう.

 催眠の全てが自己催眠なら他者催眠なんて必要ないですよね.しかし,実際の所は自己催眠で幻覚が見れる人は極少数で,他者催眠だとある程度は見られたりします.これについて,自己催眠と他者催眠の関係をマッサージにたとえる人がいる,他人にマッサージされると自分でやるより気持ちいいということらしい.だけど,マッサージの効果としては血行が良くなるなら他人がやろうが自分がやろうが,同じはずですよね.催眠だって,他人にやってもらっても自分でやっても気持ちよさは違えど効果は同じじゃなきゃ,マッサージの比喩は正しくないですよね.えっ? 気持ちよさが重要? そう言うことなら,それで良いんですけどね.実際の所,自己催眠よりも他者催眠の方が,出来ることが沢山あるのはあきらかで,全ては究極は自己催眠というのには疑問を感じるのです.

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